人生は刺激的か? 〜spice of life〜

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父のことを思い出すと、自分の子育ての反省ができる(わたしの場合)

親になって間も無く7年。

娘も生まれて、2人の子の親となっていますohjiです。

娘誕生からひと月ちょっと。バタバタの約1ヶ月が経過いたしました。仕事と家のことで、どうも疲れが溜まりまくってますね。口内炎ができては消えていきます。手洗いやうがいは意識してやっていましたが、やや風邪気味。体調は綱渡り状態。妻は妻で家のこともあるし大変だろうと思います。なるべくできることはこちらもやるという、長男の時の反省も踏まえつつ(笑)、無理をせず協力しつつが大切ですね。

 

自分が親になるなんて。と、長男が生まれた時は思っていましたが、こどもの成長が始まると、そんなことを考えている間もない。彼らの成長はこちらが思っている何倍も早く、今この瞬間を大切にしなければ、こどもがこどもである時期は、あっという間に消えていってしまうなと肌身に感じる毎日です。これからお子さんが生まれてくる方々、ぜひ、貴重な時間を大切に成長を見守ってあげてください。

 

そんな日々を送る中で、ふと自分自身の昔のことを思い出していました。

 

わたしも男ですので、もっぱら父のことを考えていることが多いです。今回は自分の父のことをちょっと思い出して見たいと思います。

 


父のことを思い出す

(ちなみにまだいきていますからね)

 

 

父苦手症候群発症

 

母から聞いた話。


わたしは4人兄弟の長男なんですが(よく末っ子なんじゃないの??って言われるのはなんでなんだ!?)、わたしと2番目の弟がまだまだ小さい時の話を、親になってから母に聞かされました。

父がわたしと弟を連れ、父の職場の中学校(たぶん)のグラウンドに遊びに連れていってもらった時の話。

わたしがまだ4歳くらい、弟2歳くらいだったのかな?そりゃいうこと聞く歳ではない。テンションも高くなっていたのでしょうが、全然いうこと聞かず、ギャーギャー暴れまわったらしいのです。わたしの父は、今のわたしから見てもそうですが、自分が1番の人間です。いうこときかないおこちゃまなんて苦手。どうやらいうこときかないわたしらにとてつもなく腹を立てて叱責したらしい。家に帰ってきて、わたしらが母に言った言葉は、「お父さんとは遊びに行かん」だったそうです。小さいながらに、かなり父とは一緒に居たくないという気持ちが強くなったらしい。
そうです。わたしの父苦手症候群この辺りから始まります。

 

 

 

一緒に風呂に入るのが苦手だった


兄弟も多かったので、連続でわたしたちを風呂に入れることは、自分がやるようになってわかりますが、大変なことだと思います。父と風呂に入った記憶もありますが、やはりこれも嫌な思い出が強い。

 

それはなぜか??

 

答えは単純で、力一杯やるんです。身体をタオルでこするのも、こどもだからかわかりませんが、ヒリヒリする感じで痛い。

たぶん皮膚なくなってたね、あれ。

シャンプーも大人の力でやられるもので、身体が左右にグラグラ動く。

動くと「まっすぐしとけ!!」と吠えられる。

無理やん、グラグラさせてるんだから……。

なんか風呂っていうのは、のんびり、そしてちょっとお話ししながら入るの感じだと思うのですが、うちはスパルタ方式。わたしたちはいつも、「お父さんと入るのはいやだ」と母に助けを求めていました。父も仕事の疲れもあってたいへんだったのだろうということは考えられるのですが、なんとなく、愛を感じることができなかったのだろうと思います。風呂上りに「お父さん遊ぼう」なんて言ったら、どんな態度をとられたのだろう??今となってはわからないです。

 

わたし以外の兄弟へのあたりはわたしの比ではない

 

なんとなくそんな感じでした。
何かあった時は、とりあえず怒鳴る。この繰り返し。
わたし自身は、わたしだけがすこーしだけ特別な扱いを受けているような感じがすごく嫌だった。
楽しいのもきついのも平等にして欲しかったと思います。

 

母へのあたりもきつかった

 

物心がついた頃から、夜な夜な夫婦喧嘩をしていました。
叫びあるならまだしも、取っ組み合いになることもしばしば……。
「そこに愛はあるのかい??」なんて言葉が流行っていた頃には、「うちにはねーよ」って思って始末。よくぐれなかったなーって思います笑。わたくしいい子です。
兄弟全員が母よりでしたので、“父VS母プラス子”という構造が自然とできていました。それも気に食わなかったのでしょう。こちらも近寄りたくないから、負の連鎖は止まりません。こちらも体格がよくなってくると、喧嘩の仲裁に入るようになっていきます。それが嫌で嫌でたまりませんでした。


夫婦喧嘩は犬も食わないが、こどもも見たくないです。
みなさんお気をつけ。ちょっとしたことも嫌なもんですよ。

 

ちなみに、「こころにダムもねーよ!?」

なぜか、他者へのご機嫌はいつもいい

 

家では不機嫌でしかないのに、よその家の方と話す時はニコニコ。
よその子にもよくしていることが多くて、意味がわかりませんでした。
その頃は、どうでもよくなっている時期でしたから、気にもなりませんでしたが……。
そんな顔ができるのね??そんな感覚です。

 

よその家が羨ましかった

 

一方で、よそのご家庭が、「お父さんと〇〇した」みたいな話を聞くと、なんでお父さんとそんな過ごし方ができるのかが大変不思議であり、ちょっと羨ましかった記憶があります。父とはうまく言ってなかったのですが、こころの深いところでは、父とも仲良くしたい、愛情を受けたいという自分がいたのかもしれません。本当に、こころの底から父とは何かを楽しんだ記憶がなく(もしかしたらあるかもしれないが、嫌な記憶が勝ちすぎているのかも)、無理だよなって思ってました。

 

それでもいいところもあったりもした

 

父はつりが趣味だったので、たまに連れてもらっていました。
大学合格した時は、嬉しかったのか近所を回ったらしい…。
(途中でやめてごめんね!!笑)
あれ??それくらいか………。
思い出せ!!思い出せ、おれ……。
少ねえヨォ……。

 

俺は煙草を吸わない

 

ヘビースモーカーな父。セブンスターをこれでもかって吸っていました。今もかな??
それが嫌いで、煙草の匂いも嫌いで、わたしはいろんな感情が混ざり合う中で、「煙草なんか絶対吸わない」と決めました。高校の頃、父の車で送ってもらった日なんて車内でアホほど吸うから、制服くさくなる。そして生活指導の先生に目をつけられるという惨事に見舞われ、弁解するのに異常な時間を使った記憶があります。

自分で行けばよかったのよね。うん、知ってる。

でもおかげで煙草まだ吸ってない!!
あ、いいことろあったやん!!ありがとう!!
まだ吸ったことないぞ!!

 

結婚してしばらく、子はいらないと思っていた

 

自分が父になっていいのか??
自分の父と同じになってしまうのではないか??

この葛藤から、しばらくこどもはいらなくて、夫婦2人でいいやって、思ったりする時期がありました。妻のこの時の本音は聞いたことないです。わたしの中に、父になる自信が今ひとつなく、自分の父と同じになってしまうのではないか??という気持ちが強くあったことが原因です。


今となっては、こどもたちがいない生活は考えられません。
かわいくてしかたない。


あんまりいい記憶はないけれど

父に一つ感謝できるのは、この世にわたしを存在させてくれたこと。
おかげで結婚ができ、こどもたちが生まれ、家族ができた。
自分自身もこの世に生を受けていなければ、自分たちの子にも会えていない。
その点においては感謝しています。今となっては恨みみたいなものももちろんないです。
まあ、苦手だけどね……。

 

で、今回はなんだったんだって??

 

なんだろう??笑
すみません。ふと思ったことを、ただただ書いた日でした。
自分が子育てをする中で、自分が父と接していた頃のことを思い出して、「この点は気をつけよう」なんてことを思っています。いわゆる「反面教師」ですね。今の所は、わたし自身は息子とも良い関係ではないかな??と思っています。
いろんな家庭環境がありますが、個人的に子育てに「父性」というものが必要な場面はあると思っています。こどもと馴れ合うのが目的ではなく、健やかに育ってもらうための関係を築く。わたし自身「失敗したなー」って、ここまでのこどもとの関係の中で反省もものすごくあるけれども、自分のことを思い出し、経験を役立てる事に繋げようと思います。

 

あれ、そう考えてたら、

 

あ、おれと父との関係も、
無駄じゃないやん!!

 

て、思っておこう。


あー、ほんと今日はただただなんとなく書いた。
想いを言葉にする作業って大切やね。たまにはこういうのもよし。
またブログ書いていこう。

 

 


世のお父さん、頑張っていきましょう。

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最後までありがとうございました!!

END